「聴音」ってなに?
と思う方もおられるだろう。
読んで字の如くまさに「音を聴く」ということである。しかも音楽の場合における聴音は「聴き取る」ことである。
例えば先生が「かえるのうた」を弾いたとしたらそれを自分で5線紙に書く訳である。
こんな感じ(歌詞別)
ただしこれはかなりハードルが高い。いきなりこんなことは不可能であるが、これを目指してやっていく。音だけではなくリズムも聴き取らなければならないのでかなり難しい。
なぜこんなことをするのかというと
- ピアノだけでは間が持たないから
- 音の高低を意識して聴力を使うことは脳への刺激スゴイ
- 音が聞き分けられると自分の弾いたピアノもミスにも気付く
- 文字も読み書き両方大事なように、楽譜も読み書き両方することでさらに定着する。
実はこれ、ソルフェージュという「音楽の基礎力」を養うものの一部で、こういった能力がないといつまでたっても「自立」が難しい。ここでいう「自立」とは先生やお手本がなくても自力で楽譜を読んで弾く事を意味する。
絵で例えるなら何も見ないで「パンダかいてみて」と言われても、意外と描けなかったりすることと似ている。前に生徒にパンダを描いてあげようと思って頑張ってみたが「先生これじゃあ牛だよ」と言われた。真似して描くのはある程度できるが、お手本がないとパンダが牛になる。変なのはわかるんだけど、具体的にどこがどう違うのかがわからないのである。
ピアノもこれと全く同じ。
こんなこと他の60代以降の生徒さんにはしたことないし、果たしてこの能力が伸びるのかもこの時点では全く不明だった。母親だからこそやってみるのである。
これは一つの実験でもある。
幸子がやる気がなければ無理強いをするつもりはなかったが、幸いなぜか興味を示してくれたので遠慮なく実践することにした。
まず最初は「ド」と「ミ」だけを弾いてどっちの音が高いか低いか聞いてみた。ドとミという音をあてるわけではない。あくまでも二つの音を聞き比べてどっちが高いか低いかをあてるだけである。
同じに聞こえるという。
なので今度はもう少し開きをつけて「ド」と「ソ」で試してみる。これだと少し差があるのはわかるようだ。ただどっちが高いか低いかはわからないらしい。
なので次に「ドードーソーソー」と何度も歌ってみる。その後で同じ事をやってみると低い方はド、高い方はソと少し一致してきた。
「少し聞こえるようになった。意識するってすごいね。」と幸子が言った。
最初はここまで。